思うように身体が動かない。
頭ではわかっているのに、身体がついていかない。
スポーツをやる上で、これ以上もどかしいものも無いだろう。
「ぼくは不器用だから、頑張らなくちゃ！！」
そんな頑張りやな将だって、人の子だ。落ち込む事だってある。
練習中、なかなか思うようなプレイが出来なかった将は、帰宅途中の路上で、大きく深いため息を付いた。モチロン周りには誰もいなかった。仲間の前では明るく振舞っていたが、一人の時こそ本音が出るものである。
「…何でこんな事が出来ないんだろう・・」
いつもの川原で壁に向かって放ったシュートは、将の目的外の位置に飛んで行く。
ふぅとため息をついて座り込んだ将は、突然後ろからド突かれた。
「…痛！！」
「何や、湿っぽい顔して！！そんなんポチらしくないで？」
「シゲさん？？」
背後に立つシゲは、将を殴ったドラムバックを抱えなおして意地悪そうに笑った。
「今、それで殴ったんですか・・？」
恨めしそうに頭をさすりながら将が問うと、シゲは大げさに頷いた。
「お前が殴りやすい位置にいるからや」
そんな事は、ドラムバックで殴った理由にならない…。
そう思う将だったが、口でシゲに敵うはずもなく、また戦いを試みる程バカでもない。
「どうしてココに？」
「お前な〜、自分がウソ付けんっちゅー事をもっと自覚せなあかん！何や、別れる時のあの表情。”落ちこんでます”ってバレバレやん！！」
「え・・」
「ま、少なくとも、俺とタツボンにはバレバレや。タツボンは小姑やさかいな、気付いても当然やろ。俺に関して言わしてもらえば、俺様の洞察力を舐めたらアカンゆーこっちゃ」
勝ち誇ったかの様なシゲの言葉に、将は「はぁ…」と頷くしかなかった。
そんな将を見て、もう一度シゲが捲くし立てる。
「お前、俺の言う事、わかってへんやろ？」
「え・・わ、解かりましたけど？」
「解かったって顔やないで、それ」
「・・すみません」
恐縮する将に、ぺチンとおでこを叩きながら、シゲは続ける。
「なんでそこで謝るんや。もっと強気でいかなアカン！！」
「はぁ」
「あーーもーー！！イカンなー。ノリが悪い！」
『ノリが悪いと言われても…』将は、シゲのテンポに付いて行けない。
「ま、しゃーない。落ちこんでんやろ？自分がヘタクソやって嘆いてんやろ？」
「う…」
素直にうんと頷く訳にもいかず、真っ赤になる将を見て、シゲがニヤニヤ笑う。
「認めてええんやで？一日中一緒におるんや。そんな事気付かん方がおかしいわ」
転がったサッカーボールを軽く蹴り上げて、難なく手中に収めたシゲは、そのままボールを将のバックにしまいこんだ。
「シゲさん・・？」
不思議がる将をよそに、シゲは、パッパっと片付けを始める。
「いくで、ポチ！」
「え…？ドコにですか？？」
「えーから、来いって！」
カバンごと将を引っ張りながら、土手を駆け上がると、そこに一台の自転車が置いてあった。
「これ…シゲさんの？」
「いんや」
「じゃ、誰の？」
「まぁまぁ、硬いこと言わんと。早よ、乗りや」
「へ？」
「後ろ。早よ乗らんと置いてくで？」
今にも出発しそうなシゲの様子に、慌てて将は自転車の後部に飛び乗った。
「ほな、出ぱーつ！！」
ご機嫌な声を上げて、シゲが自転車を漕ぎ出した。訳がわからないままシゲにつかまって振り落とされないように力をこめる。
「ど・・何処に行くんですかーー？」
自転車の音に負けないよう、声を上げて尋ねる。
「イーイ所や」
それだけの返事が返ってきた。
シゲが何を考えてるのかさっぱり解からなかったが、少なくと自分を元気付けようとしている事は明白だったので、将はそれ以上問うのをやめた。
沈みかけた夕日が、赤くまぶしく二人を照らす。
二人乗りだというのに、そうと感じさせないスピードで自転車は走る。
「シゲさ―ン。風が気持ちいいですね〜」
なびく髪を揺らせながら、将が気持ち良さそうに目を閉じる。
「ポチ、お前チョット軽すぎやないか？もっと肉付けなー」
女子よりも軽いと笑うシゲに、ぷーっと頬を膨らませながら『大きなお世話です』と口を尖らせた。
しばらく走った自転車は、将の見かけない場所へと到着した。
「ココは？」
「ふっふっふ」
意味深に笑うシゲに、一抹の不安を感じながらキョロキョロと周りを見まわした。
目の前には急斜面の下り坂が広がっていた。
「…まさか、シゲさん…」
「いっぺんココから思いっきり下ってみたかったんや！」
人の悪そうな顔を見せて、シゲが面白そうに笑った。
見たところ、かなりの角度になっている坂は、下りはともかく、自転車での昇りは競輪選手でも遠慮したくなるようなすさまじいものだった。
ともかく…と言っても、下りだってそんな生易しいものではない。
ひょっとしたらジェットコースターレベルかもしれない。いや、シートベルトが無いぶん、ジェットコースターより危険なんじゃないか…？
一瞬で青ざめた将は、あわてて自転車から飛び降りた。
「おっと、逃げるんか？」
「だって、シゲさん！！こんなの危ないよ！」
「ダーイジョーブやって。怪我したって、夏の大会前には治る程度やって！」
そういう問題ではない。
ニヤニヤ笑うシゲに途惑いながらも将は首を振った！
「ヤだ！怖いもん」
「怖くないて！お前男やろ！？」
それとこれとは関係無い。…とは思っても『男やろ？』といわれて引き下がる訳にもいかない。シゲという人間は、そこの所をよーく解かって言っている。
どう言えば将が頷くか。どうすれば将が動くかを知っているのだ。
「解かった。乗るよ。…でも、シゲさん、無茶しないで下さいね。シゲさんだって怪我したら大変なんだから」
「おー。そーこなくっちゃな」
嬉しそうに笑顔を作るシゲに、肩をすくめて将は自転車に向かう。
そんな将を見ながら、シゲはニコニコ笑って後部を指差した。
「…二人で乗るの？」
「トーゼン」
「何か、一人で乗った方が危険度は少ないと思うけど…」
後ろに立つ将は立ち乗りになる為、シゲよりか恐怖もでかいのである。
「せやかて、この坂を一人で自転車かついで登るんも辛いで〜？どうせなら一発勝負といこうや！」
「誰と誰の勝負？」
「俺らと坂！」
真面目に答えるシゲが可笑しくて、将は吹き出してしまった。
「何や。何がおかしい？」
「スミマセン。何かシゲさんが真面目な顔してるのがおかしくて…」
「失礼なやっちゃ！」
口調は怒っていたが、何故かシゲは嬉しそうだった。
「ほな、行くで？覚悟はええな？」
「ハイ！！」
シゲの分の荷物も背負って重心を後ろに付ける。
「しっかり握っとけよ！！」
シゲの合図で自転車が坂を滑り出した。
将は、シゲの肩に置いた手に力を入れて突然襲ってきた向かい風に目を閉じる。
「………！！」
「おーーーーー！！キッモチえーな！ポチ！！」
子供の様にはしゃぐシゲの声に、将は閉じていた瞳をゆっくり開く。
「わ…あ」
目の前には壮大な夕焼けと町の風景が広がっていた。夕日に紅く染まった町並みは、将の見たことの無い世界だった。寂しげな夕焼け色に包まれた世界は、そんな寂しさと同時に、懐かしさをも感じさせる。まるで童心に戻ったような気さえした。
坂道を下る事により、そんな世界が勢いを増して将の中に飛び込んでくる。
スピードで得た浮遊感が、より気持ちを高揚させた。
「うわーーーーーーっ！！すごい！！すごいね、シゲさん！！」
「空飛んでるみたいやろ！？」
「うん！飛んでるみたいだね！！」
口を開けると、風に覆われて息が出来なくなる。
そんな瞬間の圧迫感でさえ面白い。
気がつけば二人で声を立てて笑っていた。悪戯をしている子供のような楽しげな声だった。
坂を下り終えたものの、得たスピードはなかなか治まらず、その勢いに任せたまま自転車を滑らせた。
途中、飛び出してきた子供に気付いて急ブレーキをかけたが、よけそこなって転んでしまった。シゲは上手い具合に着地できたが、将はといえば、シゲに支えられたものの、バランスを崩して膝を擦りむいてしまった。
力が抜けたように、倒れた自転車の側に座り込む二人。
そして、顔を見合わせると、また笑い出した。
「わっはっは！何やその顔！！」
「シゲさんこそー！！」
楽しそうではあるが、緊張の為か引きつった顔が少し涙目になってる。そんな顔を見比べて、お互いに指を指して笑い合う。
ようやく笑い声が治まってきた頃、将が真面目な顔でつぶやいた。
「…シゲさん、ありがと」
「何がや？」
落ちこんでる自分を見て、元気を取り戻してくれたシゲに、将は心から感謝していた。
でも、きっとそう言うと、シゲは否定するだろうから…。
「楽しかった！」
「…そーやろー」
「元気出たよ」
「そりゃ良かった」
「何かね、夕焼けとか町並みとか見てたら、すごく安心したんだ。サッカーが上手く出来なくて、どんなに頑張っても上手くいかなくって、…ずっと自分は一人だって孤独に思ってたから…」
「アホか。こんなに素晴らしい仲間を捕まえといて『一人や』なんて言った日にゃ、タツボンが泣くで？」
突然出てきた名前に首を傾げる。
「なんで水野くんなの？」
「タツボンはポチの保護者やから」
わはははと笑うシゲに、将は目を細める。
「じゃ、シゲさんは？」
「そうやなーー…何がええ？」
「う〜〜〜ん………」
口元に手を置き、本気で悩む将を見て、飽きれた様にシゲがつぶやいた。
「コラコラ、本気で考えんなや」
「う〜〜ん…？」
それでも尚、悩むのを辞めない。
「もうええっちゅーねん！何でもええよ。お前の先輩でも保護者でも兄貴でも飼い主でも父親でも母親でも恋人でも先生でも師匠でも……」
止まりそうもなかったので、将は悩むのをやめて笑顔を見せた。
シゲは立ちあがってズボンの汚れをはたくと、将の腕を取って立ちあがらせた。
「さて、今度は坂を上がらないとあかん。これがまたキッツイんやろな〜」
やる前から疲れた顔をするシゲを見て、将が笑う。
「二人でやれば、あっと言う間だよ。頑張りましょー？」
川原での表情とは、うって変わったにこやかな笑顔を見せる将に、シゲは安堵したように微笑んだ。
「お前はその方がええよ」
「え…？何か言いましたか？」
「なんでもない…さ、帰るか」
二人は自転車を押し上げながら元来た道を目指して歩き出した。
おまけ
「ところでシゲさん」
「なんや？」
「さっきのだけど、『先生』や『兄貴』はともかく『母親』や『恋人』は違うと思うけど・・・」
「しっかり聞いとったんやな・・・例えや、例え！本気にすんなや」
「そーだよねー」
はははーと笑う将を見てシゲは小さくため息を付いた。
「中身もお子様なんやからなーー・・・」
「何がですか？」
「気にすんな。例えでも俺は本気やから」
「へ？」
「そのうち解かる時がくるよ、お前にもな」
「すぐそうやって子供扱いをする・・・」
ぷくりと膨れる将を見て、シゲは力なく笑うのだった。
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